慶應義塾大学医学部の中村雅也教授は、脊髄損傷の再生医療研究の第一人者として40年近くこの分野に取り組んできました。本インタビューでは、研究における困難との向き合い方、研究を継続できた原動力、そして脊髄再生医療の未来展望について伺いました。
困難との向き合い方
―先生の研究人生において、困難に直面した時の向き合い方を教えてください―
中村教授
脊髄再生研究は最初から困難の連続でした。「脊髄は一度損傷すると再生しない」という前提から研究を始めたからです。私の基本的なアプローチは「とことんやる」ということ。文献調査、同僚との議論など、実際にやれることを全て試します。
それでもうまくいかない時は、本当にどん底まで落ち込みます。しかし、そんな時こそ「be positive」という考え方を大切にしています。「鈍感力」と言えるかもしれません。どんなにネガティブな結果が出ても、「無駄なことはひとつもない」「次に向けての経験だ」と考えるようにしています。
― 先生がポジティブ思考につながった経験や、もともとの性格など具体的に教えてもらえませんでしょうか?―
中村教授
元々明るい性格だと思います。研究者、臨床医として常にポジティブに目標を持って取り組んできました。慶應大学の小泉信三先生の「練習は不可能を可能にする」という言葉が好きで、才能よりも努力を重視しています。
学生時代はテニス部でしたが、大学では新しいことに挑戦し、チームプレーのスポーツを希望してバスケットボール部に入部しました。未経験でなかなか上達しませんでしたが、辛い練習も努力を続けることで成果が出ることを実感しました。
学位研究では研究ができなくなるような困難に直面し、心が折れそうになりましたが、どんな状況になっても自分のできる最善を尽くしてきました。どんなときもポジティブでいられたと思います。
重要なのは人との出会いです。困難に直面して一生懸命に努力していると誰かが見てくれていてキーパーソンと出会いがありました。学位論文の時も出会いがありましたし、慶応大学の岡野先生や京都大学の山中先生の出会いも、厳しい状況下でのものでした。一見偶然のように見えますが、後から考えると必然のように思えます。
研究継続の原動力
― 約40年もの研究を継続することは本当に大変なことです。継続できた原動力について教えてもらえればと思います。―
中村教授
19歳の時に抱いた「脊髄損傷の患者さんを治したい」という思いが、今も全く変わらず続いています。これが最大の原動力です。もう一つの鍵は「想いを共有できる仲間」の存在です。私一人で研究できるはずはありません。脊髄損傷を治したいという私の想いに共感してくれ、2001年に岡野先生と研究室を立ち上げて以来、70人以上の研究者と共に歩んできました。単に「研究したい」ではなく、「患者さんを治したい」という共通の思いを共有できたことが継続の原動力です。
―組織が大きくなるにつれ、中村先生の役割や立場が変化して、矛盾が生まれたり、本来の目的から遠ざかることなどはありませんでしたでしょうか?―
中村教授
ありませんでした。先ほどの話の通り、想いを共有することが大切です。一人でもその想いを共有していない人がいると台無しになってしまうので注意が必要です。
10年後の「ありたい姿」を描くことがとても重要です。漠然としているのですが、5年後はどうなってほしいか、解像度を上げて3年後はどうなっている必要があるのか、そのために今、何をする必要があるのか、マイルストーンを置いて見失わないようにしています。
組織が大きくなると注意することがあります。上が強くなると下は上の顔を見ながら研究をするようになります。そういう空気を絶対に作らないようにしていました。良いデータばかり出てくると、そこに嘘がないか、悪いデータを削っていないかと私は心配になります。ネガティブなデータがあろうがオープンにすることを言い続けています。同じ領域で何十年も研究していこうと思うと、誰か一人でも変なことをすると、その後に同じことをやっても結果が出ないのでどんどん外れていってしまう。組織を継続するために、一人一人の想いを共有していると、変なことは起きません。
また、結果ばかりに目を向けずプロセスを大切にしています。その人が頑張って、とことん考えているネガティブなデータだったら、その中に何かあると伝えます。そうすると、その人はその中から本当に何かを掴んでいってくれます。
脊髄再生医療の未来展望
― 10年後の脊髄再生医療はどうなっているとお考えですか?―
中村教授
まず、現在も行っている急性期の治療薬が非常に重要です。その薬だけでは治療が難しい急性期の完全損傷の患者さんには再生医療が全国の拠点となるような病院で、誰もが受けられる医療になっていると思います。慢性期の不全損傷の患者さんには再生医療と先進リハビリを組み合わせた治療が普及して機能改善が得られる状況になっていてほしい、そうしたいと思っています。慢性期の完全損傷については、治験を終え、治療の可能性を示す段階に達しているでしょう。
―最後に中村先生の10年後、大学を退官されていますが、何をされていると思いますか?―
中村教授
脊髄損傷を治すというのが私のライフワークなので、10年後もきっと続けていると思いますよ。